子供達に家への愛着を感じてもらいたい

弊社、忙しい年末だけど、こんなもの作っています。

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模型です。弊社の設計ではありません!!!!私が建築士になるかなり前に某ハウスメーカーさんで家を建て(てしまっ)た姉の家の模型です。模型はクリスマスプレゼントとして姉一家にあげます。

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2階のLDK部分は開けられるようにして家族の団欒の様子を見やすくしています。この模型を見て姪っ子、甥っ子はどう感じるでしょうか。じっくり時間をかけて眺めてくれるでしょうか。

今の子供達はiphoneがあったり、テレビがあったり、視覚的刺激で飽和状態だと思います。画面に映る画像は2次元。動画でさえも画像のつなぎ合せに過ぎません。そしてその画像は与えられているのであるから、見る側はクリエイティブになる必要性がない。しかし模型は違います。なにを見たいか、なにに興味を持つかは自分次第。大きさがあり、重さもある。アングルを変えると見えるものが変わる。模型より50倍大きい実際の家の中でこの模型を持つと大きさに対する感覚が目覚める。模型を眺めると不思議とストーリーが生まれ、全く異次元の時間が流れはじめる。身体が、身体の感覚が空間を捉え始めるのです。

とにかく私は子供達に、空間に対してそして一番身近な家に興味を持ってもらいたい。そして愛着を感じてもらいたいです。この家が私の設計でも巨匠の設計でもないことはあまり大切なことではありません。子供達がじーっと眺めて楽しい空想をしたり、空間に対して興味を持ってもらうことに意義があると思うから。そんなクリスマスギフト、喜んでもらえると嬉しいです。

家の門構えと抜け感について

門構えについてよく考えることがある。

東京の家はお金持ちであればあるほど道路側に向けて閉鎖している家が多いような気がする。境界線沿いにぐるっと回る立派なコンクリートの壁、高い生垣。2台分の車庫の扉、人が行き来するための格子扉。格子扉の後ろにある玄関扉。開くことのない透視防止レースカーテン。そして極め付けのセコムのシール。当たり前のことだが、用がない人は来ないでくださいと言うメッセージをしっかり送っている。江戸時代の家の門構えの名残なのだろうか。もしくは超有名人が住んでいるのか。気になってしまう。

アメリカでは必ずしもお金持ちの家が閉鎖的な趣になっているというわけではない。パパラッチに追いかけられるようなセレブは門構えとセキュリティを徹底して前面道路から家さえも見えない状態にする。しかし、一般人の家の場合、日本のように閉鎖的にしている家をあまり見かけない。完全に閉じているように見えてどこかで抜ける場所がある。日本のファッション業界でこぞって使う言葉、「抜け感」はアメリカでは門構えのセンスに起用されているのだ。そしてこの「抜け感」が家を家らしくみせる時がある。下の写真の立派な家の門扉はなぜか開いている。いらっしゃい!なのか、おかりなさい!なのかわからないが、とにかくウエルカムな雰囲気と優しさを感じる。恐らく境界線を超えた時点でセキュリティのレーザーが感知してオーナーに連絡が行き、警察沙汰になるであろうから用なく入ることはないが・・・

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下の写真の家は生垣の間に挟まれている。格子の門扉もあり、一見日本の家のような趣に見える。しかし、前面道路に面した大きな窓にカーテンはない。ろうそくのディスプレイが手前にそしてその奥にはリビングルームが広がる。抜けている。この窓一つで、一見閉鎖的に見える2次元のファサードが3次元の奥行きを生み出し家独特の暖かさやぬくもりを表現しているから不思議だ。

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夜になってもカーテンを閉めることはないだろう。灯りをつけて人が集う時も通行人に御構い無しである。もちろんこれがベッドルームだったら話は別だ。しかし、この部屋はリビングルーム。家の中の共有スペースである。別に隠す必要性はないじゃないか。とでも言っているようだ。TRAVELと書かれた本がかっこいい。

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こちらの家に門構えはない。簡単にセールスマンは玄関扉までお近づきになることができるのだが、このフッサフサの植栽が彼らの行動を邪魔する。清らかな家庭の領域に邪悪な奴はくるなとでも言われているような錯覚に陥るからである。家を這うように育つ生命力で溢れんばかりの植栽は精神的に門構えの役割を果たしているのかもしれない。そしてこちらの家もさりげなく「抜け感」を選出している。1階の窓からダイニングルームが見えるのだ。

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素晴らしいダイニングルームだ。赤いテーブルクロスの上に銀食器が並べられている。椅子は8脚ほどあるのだろうか。奥の壁には絵画。なんとも優雅で立派だ。

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今回の写真は全てパロアルトの住宅街を散歩した時に撮ったものである。いろんな形の「抜け感」を見つけるたびに立ち止まって考え込んでしまった。夜になるとより家の中の奥行きが見えて面白いのだが、さすがに変質者と思われるのは嫌だったので夜の写真は撮っていない。

家は住まい手にとって一番落ち着ける場所であるべきだと思う。結果的にそれが厳重な門構えと閉鎖的な作りになるなら、それはそれで構わない。住まい手の性格がオープンな作りに抵抗を感じさせることもあるであろう。家はプライバシーを守るべきだし、住まい手が落ち着けなかったら何の意味もない。しかし、閉鎖的な趣向であれ、オープンな趣向であれ、願わくはどこか一箇所、道行く人が感じる「抜け感」を演出してくれたらと思うのだ。

住宅街にある図書棚とベンチ

現在アメリカ、カルフォルニア州のパロ・アルトという町に私用で来ています。パロ・アルトはサンフランシスコのすぐ近くで、スタンフォード大学のある町でもあり、フェイスブック、ヤフー、ヒューレット・パッカード社が生まれた町でもあり、また、スティーブ・ジョブズが住んでいた町でもあります。閑静な住宅街で緑が多く、特に天気の良い日は天国ってきっとこんな感じなんだろう・・・なんて思ってしまうほど美しいです。この住宅街に世田谷区の住宅街でも発見した「あるもの」を発見しました。図書棚です。家の前の歩道に向けて棚を設け、道行く人が本を共有できる棚です。読まなくなった本を捨てるにはもったいけど、売るには汚すぎる。そんなとき、こんな図書棚が助かりますね。

こちらの家の前には本棚のみならずベンチも置かれています。週末になると散歩途中の人がベンチに腰掛けて本を読むのでしょうか。歩道は決して私有地ではないと思うのですが、教育熱心なパロ・アルト市がこのような歩道の使い方にとやかくいうことはないでしょう。

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ハロウィン前後に撮った写真なので通常はのっていないハロウィンデコレーション用の蜘蛛がのっているのはきっとお茶目な近隣さんの計らいですね。絵本から小説まで、自分が普段読まない本に出会える格好の場所。言葉をかわすことはなくとも、こういう形で近隣の人たちと共有できる場があることは非常に大切だと思います。恐らくここに立ち止まると自然と会話がうまれ、人と人との繋がりが生まれるのでしょう。

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弊社の近くにある「まちライブラリー」はこんな感じです。これを発見した時はかなり感動したこと覚えていますが、一度たりとも本が入っているのを見たことがありません。まったく同じ試みなのに、とある国のとある町ではいろんな本がはいっていて、ここでは全く使われていない。ぱっと見がポストみたいだからいけないのでしょうか。それとも歩道がないから???それともベンチがないから???日本に帰国したら、本をこっそり入れてみようと思います。1人の試みがもしかしたら町全体を変えるきっかけに繋がるかもしれない。そんなことを期待して、今からなんの本をいれるか思案中です・・・と言いたかったのですが、

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まちライブラリーについて少し調べてみました。興味のある方はこちらへどうぞ!(←クリック)単純にいらなくなった本を突っ込んで、欲しい本を取る。という感じではなく、本をいれる際には寄贈者の名前をいれたり、貸出カードをつけたり、1ヶ月以内に返さなくてはいけなかったりといろいろとルールがあるみたいです。なくなってもいいという覚悟で本を共有すればより多くの本が流通するのではと思うのは私だけでしょうか。まる・ちバージョンの図書棚をつくろっかなぁ・・・なんて考えたり。いずれにせよ、面白い試みだなぁと思いました。

ありがたい繋がり

今日は前職で担当させていただいた「坂の上のデッキハウス」にお邪魔し、ランチをいただきました。(こちら←から竣工当時の写真が見れます)元気な男の子が3人いらっしゃるので真っ白だった壁はお世辞でも白とは言えない状態になってはいるのですが、そんなことは本当にどうでもよく、子供達がこの開放的な家でどれだけのびのびと感受性豊かに育ってるか、家族がどんな思い出を刻んでいるか、そういうことが大切なんだなぁ・・・と改めて思いました。他の家とはなんか違う、面白い、楽しい家に住んでいると言う誇りからでしょうか。長男君は建築家を含むデザイナー系のお仕事に携わりたいとお考えのようです。そんな話を聞いて私は嬉しくてたまりませんでした。開放的なリビングからはこんな景色が広がります。お天気のいい日は富士山も見えます。崖の上の土地を購入すべきか迷っていらしたお施主様の後押しをするかのように手塚さんが「こんな素晴らしい土地はないよ」と言ったこと、今でも忘れません。

塩バター味のcouscousとお豆や、ヘンプシード入りの人参のラペ、ジャガイモと豚肉の煮込みやら、とにかく、お料理が美味しかった!私の撮った写真が美味しいお食事の1/10さえも伝えられないような下手な写真だったのでここでは割愛させて頂きます。残念!

こんな風に前職のお施主様との関係を続けさせていただいてること、私は幸せな建築家だとつくづく思います。弊社のプロジェクトでもお施主様との関係を大切にして、少しずつ繋がりを増やしていければいいなと思っています。

「坂の上のデッキハウス」のお施主様に感謝。そして、今日という美しい1日に感謝。

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過疎化する街並み

昨日は新幹線に乗って某街の調査をしてきました。多くの地方都市の駅前は商業施設が並び、ビジネススーツに身をまとった人が早足で行き交っているため、地方都市から電車で30分距離のベッドタウンがまさかこのような状態になっているとは衝撃的でした。シャッターの閉じたお店、空き家、空き地、駐車場、建て壊される既存建築物などが延々と続くのです。人口が減っているとはいえども、この街には若い世代はもちろんまだたくさんの方が住んでいらっしゃいます。高齢化が進んでいるといえども、今の60代、70代、80代はまだまだ若いです。でも活気のない街を歩いていたら元気なおじいちゃん、おばあちゃんもどことなく元気が吸い取られてしまいますよね・・・

私の故郷は地方にはありません。しかしもし自分の故郷がこのような悲しい表情をし始めたら、気持ちも距離も遠のき、どれだけ寂しい思いをするだろうかと想像してしまいます。調査ではできるだけ多くの方とお話をさせていただきました。建築家にとって要となるのはより多くの問題や意見をインプットすること、そしてそれを整理してハード、ソフトの両面において答えを導くことだと思っています。今まで見えなかったことが何気ない会話の中から見えてくる時にアイディアが生まれます。

写真のような状態が続きます。人が住んでいらっしゃるのでしょうか。そんなことですらわからない状態ですが、ポテンシャルを感じます。数時間、街を歩かせていただきました。今回の調査は終了。全国各地に目を向けると多くの課題が残っていますね。我々建築家が頑張らなくてはいけないと痛切に感じました。

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